こんばんは~juniです。
昼は暑く夜は冷える気候に体調を崩しました。
皆様もお気を付けください。
~文化祭~Xday 黒 ⑤~4人そろって廊下に出たとたん、色めき立ち、騒がしい周囲に、玉子は頭痛を覚えていた。
飽きることなく繰り返されるそれら。
すれ違ういるか(と玉子)の姿に、「おぉ~~~」と男子生徒が声を上げれば、春海が睨みつけ、彼らは黙り込む・・・が。
そんな春海の姿が、一部の女子には堪らないらしく「はぁ~~~~」と見とれたり。
良家の子女は、軽い不良には弱いのか・・・不良と避けていた数ヶ月前とは手の平を返し、「東条く~ん、似合ってる。」と、球技大会以上の声援が飛んできたり。
対して、微笑みかえす彼の姿は、羊の皮を被ったホストにしか玉子の目には見えず・・・。
後ろをついてくる生徒は徐々に増え、先頭の4人は、団体旅行のツアコンのようである。
「はぁ・・・。いるか、どこ行く?」
玉子は、辟易気味にいるかに問うた。
「う~ん。まずは、お昼ご飯食べたい。その後は、マキちゃん達の出展に行きたい!」
「ご飯って、さっきアレだけ食べた・・・あんたにゃ全然足りないか。あたしも1人分しか食べてないし・・・まずは腹ごしらえ、その後に、実行委員会のテントに行ってから、マキのところかなぁ。」
「うん。早く何か食べよう。お腹空いちゃったよ。」
見た目愛らしく華やかな女子高生とは思えない会話に、イケメン執事らは苦笑いしながら、
「うどんはあちらですよ。」
「焼きそばはこっちだぜ。」と、指差した。
彼らの言葉に、お姫とメイドはニヤッと笑いあい「どっちも!」っと叫んだのだった。
お腹を満たし上機嫌ないるかと玉子、2人の笑顔に満足な春海と巧巳は、まずは文化祭実行委員会のテントに向かった。
そして、アンケートの集計状況、体育館舞台の進行状況などを確認する。
現場の委員達のやる気と熱気も体感し、後夜祭までの簡単な打ち合わせをして、その場を後にした。
その後はいるかご希望の、マキ達文化部の合同出展に向かっていた。
そのうしろを、先程までの里見の生徒に加えて、どう見ても一般観覧者と思われる面々がついてくる。
今やその数は、膨れに膨れ、数十人になっていた。
割りきって楽しむ1人。
自分は関係無いと思っている1人。
やっぱり慣れない1人に、苦々しく思う1人。
・・・さっきまでと比じゃないな。まだ生徒の方がカワイイもんだ・・・。
里見の生徒はまだいい。後から加わった一般観覧者の大胆さに、春海は神経を尖らせた。
移動しながらも、あっちこっちと楽しそうに動き回るいるかに、微笑ましさを感じる暇が無い。
隙あらば!と彼女に近づく者や、隠し撮りをしようとする者などを抑える為に、四苦八苦している。
当のいるかは彼らのことを、甲子園のスターの追っかけ(実際、含まれてはいるのだが・・・)くらいに思っていた。
小学生!チビ!チンクシャにチビスケ!言われまくって十数年、男子の視線の先に自分がいるなど想像さえ出来ない。
確かに、倉鹿でのウェストサイドの時は可愛いと言われたが、それは遠い過去。
里見では毎日のように、同じ部員や周辺の運動部から、怪物だの怪力だの言われているのだから・・・。
その結果と天然の鈍感さで、自分への注目も、その視線の相手を射殺す視線にも、それを楽しみつつも・・・不憫だね・・・と言わんばかりの2人の視線にも、まったく気づいていない。
当然春海は、巧巳と玉子のそれに気づいて苦々しく思ってはいるが、今はそれどころでは無い。
とにかく、大量の害虫駆除に大忙しである。
そんな4人と後ろを連なる一団は、ようやく文化部の出展近くにたどり着いた。
合同出展ということで、大教室1つと2つの教室を使用したブースは超のつく人気で、驚くべきは、女子サッカー部の~ベルばら~を超えていた。
「何これ!?」
最初に驚きの声を上げたのは、もちろんいるかであった。
「凄いね。一番人が多いんじゃないの?」とは玉子。
「そうだな。」と春海。
「想像とはえらい違いだな。」と、ある意味失礼な物言いの巧巳であるが、他より高等部に長く居たからこその発言だろう。
もともとの大人気に、彼らが引き連れた人間が加わって、もの凄い人だかりである。
その中で、一番奥の教室から、何故か途切れ途切れに。
「わぁ~~。」と大きな歓声が聞こえたり、「どわははははは!」と笑い声が響いてくる。
何となくだが、嫌~な予感が、春海と巧巳だけを襲った。
この雰囲気には、覚えがある。それも極々最近。
「わぁ、来てくれたのね。廊下が騒がしくなったから、もしかしたらとは思ったけど。」
突然増えた見学者にマキが廊下に首を出し、いるか・春海・玉子・巧巳の目立つ4人に気づき、声をかけた。
「凄いじゃん。」
「凄いね。」
玉子といるかがマキに言う。
「そうでしょ。それもこれも、皆のおかげよ。」
その一言に「ああ・・・」と執事達は頭を抑えた。
察しの良い玉子が「ああ!なる程ね。」笑いながら言うと、「何の話し?」といるかが目を見開く。
「どうぞ、ゆっくり見て行って。どれもこれも力作よ。」
それぞれの反応を楽しみながら、マキは答えたのだった。
4人だけで、第一番目の教室に通された。
後ろに続いていた団体は不満の色を見せたが、どう見ても教室に入れる数ではない。
「せっかくだから、あなた達だけで入ってよ。それにね・・・とんでもないことになりそうだし。」
マキは、一団をチラッと見て言った。
彼女の言葉の訳を、彼らは中に入ってすぐに理解した。
そこある数々の写真。
「そういや、練習中、カメラ同好会がずっと一緒だったな。」
巧巳が一言言った。
眼前にひろがる「人魚姫」の練習中の彼らの姿。
衣装合わせをした時の写真や、舞台練習のもの。
笑ったり、しかめっ面をしたりと、様々な、そこに写っている本人でさえ知らない姿。
とても豊かな表情が並ぶ。
「俺らのことは気にしなくていいから。」と、確かにシャッターを切っていた。
最初は違和感を感じていたが、いつの間にか気にならなくなっていた。
それ程彼らはずっといたし、とんでもない数の瞬間を切り取ったのだろう。
その中からの選りすぐられた数々の写真に、4人は魅入った。
「頑張ったもんね。みんな良い顔してるね。」
いるかが口を開く。
「ああ、そうだな。」
春海が、一生懸命にセリフを覚える、いるかの写真を見ながらそう言った。
展示の最後を飾るのは、写真同好会・家庭科部・美術部合同力作の「人魚姫」のポスターであった。
ひと際大きな写真の横には、衣装と背景が展示されている。
見ごたえのあるそれらに、彼らが魅了されたのは言うまでも無い。
しかし、後に控える見学者のこともあると、後ろ髪を引かれながら、4人は第一の部屋を後にした。
次の部屋の入り口に立った途端、1人の笑い声が響いた。
「あは、あははははっ」
堪らないと笑う玉子の前には、ある物が展示されている。
題名は・・・「現物」である。
いるかも気づき「きゃははははは!」と笑い出し、春海と巧巳は渋い顔でそれらを見た。
蛍光塗料の塗られた数個のボール、苦々しい記憶が執事2人に蘇り、ついつい睨み合う。
そんな男連中をそこに置き、中へと進むいるかと玉子である。
「うわぁ・・・。」
2人の声が外まで響いてくる。
その声に「はっ!」とした春海と巧巳が後を追うように中に入ると、すぐさま春海が、感嘆の声を漏らした。
「人魚姫の世界か・・・教室じゃないみたいだ。」
全体を青い布地が覆う中、大きな水泡とも見まがうモノが、様々な方向から螺旋を描き降りてくる。
数個の螺旋が連なった大きな螺旋には、天井からライトが落とされ、中心には、人魚姫のラストシーンの衣装が飾られていた。
四方には薄暗い中に光が灯され、「人魚姫」の舞台の世界と、小道具の数々が中に浮いている。
神秘的に光る玉と深海の老婆の大道具が見え、各所では出演者の衣装が彩を添えていた。
「うちの文化部って、実は凄いんだな。」
巧巳が言うと、無意識に頷く3人だった。
ここまでくると最後の部屋・・・大教室が大変気になる4人である。
初めの2部屋とは、雰囲気が大変異なる気がするのは、多分に気のせいではない。
~後方からお入りください~と書かれているにも関わらず、反対のドアに案内されたのも気になる。
教室から変わらず響く、歓声?いや笑い声に、春海と巧巳の足が止まる。
これは勇気がいる・・・正直な2人の気持ちをよそに、玉子といるかはガラッとドアを開けた。
開くはずの無い入り口からの入場者に、大教室全員の視線が集まった。
ざわざわっと一瞬波が立ち、4人が誰なのか気づくや否や
わぁぁぁぁ!!!きゃーーーーー!!!最高!!!やんや、やんや!!!ぴーー!ぴーー!と、ありとあらゆる歓声が溢れる。
薄暗くされた大教室には、3つのモニターが並び、真ん中は「人魚姫」の舞台全体を正面から映し出していた。
左右には、同時に映したと思われるアップ映像が並び、出演者の姿、表情が克明に映し出されるようになっている。
遠目では見えなかったいろんな部分・・・呆けた王子の顔や、怒れる隣国の姫。
何よりも人目を引くのは、愛らしい人魚姫の姿。
今日一日、何度目の上映となるのか、繰り返されても満員の会場に、飛んで火にいる夏の彼ら・・・。
今日最高の盛り上がりに、マキ他文化部の面々は大満足である。
いつ終わるとも知れない歓声に、早々に会場を逃げ出したのは、もちろん男2人で。
いるかと玉子は大きく手を振り、更に大きくなる歓声の中、悠々と大教室を出て行った。
「素敵な展示で、凄く良かったね。みんな・・・本当に大好きなんだね。」
文化部合同出展を離れ、一息つくなりいるかが言った。
玉子も笑いながら頷いた。
渋い顔の春海と巧巳も、それには「そうだな。」というしかない。
少しは苦情を言いたい所だが、それを越す感動を彼らに与えたのだから、大大、大成功には違いない。
まだまだ余韻に浸っていたいところだが、いつの間にか結構な時間が過ぎ、いるかと玉子の2人が、~ベルばら~へ戻る時間に程近くなっていた。
「あ~あ、もうこんな時間だよ。いるか、戻んないと。」
「もう45分か。楽しいと時間がたつの早いね。」
玉子がいるかに告げると、見るからにガッカリした表情でいるかが答える。
・・・と同時に、いるかのそばにいた春海から立ち上った黒々とした殺気に、執事とメイドは慄いたのだった。

~文化祭~Xday 黒 ⑥へ続く~